昔、アメリカで元上司を訪問した際、行きつけのおしゃれなレストランに連れて行ってくれました。
そして私はウエイターに紹介され、お決まりの挨拶を交わした後、肉のリクエストについて質問を受けました。
最初に聞かれたのは「子牛にするか大人の肉にするか?」でした。
ウエイターは子牛を食べて欲しそうでしたが、私には少しトラウマがあります。以前「おいしい」というので子牛を選んでみたものの、幼い命を頂くのが気の毒で、全く味を楽しめなかった経験があります。そこで少ししつこ目に食い下がるウエイターの奨めを頑張って固辞し、大人の肉を選びました。
次に肉の焼き加減を聞かれました。私はウエイターの顔色を伺いながらいつものように「ミディアム」と答えます。
昔、試しにミディアム・レアと答えた私は、血の多さに辟易したことがあります。それ以来、必ずミディアムと答えるようにしています。しかし、食通でないことがばれるのを恐れているのでしょうか、私はいつもへっぴり腰になります。
で、やれやれと安心しているところに、更に質問が畳みかけられてきます。 牡牛がよいか、牝牛がよいか、と言うのです。 さすがアメリカ、性別も選べるのか、と思いながら、「牝牛」と答えます。
すると彼は吹き出す寸前の顔を近づけてきて聞きます。 若い方がよいか、年寄りがよいか?
ん? 私は少し気になりながらも「ヤング」と答えます。 苦手な英語でのやりとり。 違和感よりもやりとりを早く終わらせる方を優先します。
堪らず彼は吹き出します。 そして意味ありげに私の肩をポンポンと叩き、満足しきった軽い足取りで厨房に去っていきました。 どうやら私はアメリカンジョークの洗礼を受けたようです。

話は変わりますが、昨秋若い人たちと近隣の山に登りました。その帰り路、祖谷では唯一夜もやっているおのみ家に寄って打ち上げをしました。
その際、狩りが趣味と言う近所の人が、愛媛で獲ったという猪肉を焼いて食べさせてくれました。なんでも、みかんを食べることが多い愛媛の猪肉は淡白で美味なのだとか。
たぶん、背ロースだったと思うのですが、皮と皮下脂肪とその下の肉がセットになった部分がおいしいとかで、その部位を焼いてくれました。
これが、大変美味でした。
正直なところ、私は猪肉はあまり好きではなかったのですが、この肉なら何枚でもいけそうでした。 猪肉を生まれて初めておいしいと感じました(関係者の人ごめんなさい)。
そして、この人は、この肉を手に入れるために、わざわざ愛媛まで通っていることを知り、その拘りにも感動しました。美食家は美味しいもののためなら労を惜しまないようです。

話は再び変わって雪合戦。四国大会が祖谷で行われていることは恒例イベントに記載の通りですが、その大会の打ち上げでもっとすごい場面に出くわしました。
その人は打ち上げ会場の経営者だったのですが、やはり狩猟免許を持っており、害獣駆除を兼ねて鹿や猪を獲っています。
その人に先日の愛媛の猪肉の話をしました。すると「ここら辺りの猪もうまいけんどのぉや。ドングリを一杯食べて生活しよるきんのぉ。イベリコ豚がうまいのとおんなじよぉ。持って来てやるわぁ」と言っていなくなりました。
暫くして帰って来た彼は、肉と焼肉焼き機を手に抱えていました。そして徐に肉を焼き始めます。島を4つ作り、食べ分けてみよと言います。
すると正面にいたこれまた食通のK君(これまでこのブログに出て来た2人のK君とは別人。3人目のK君です。祖谷生まれ・祖谷育ち)がこっちの方が柔らかくておいしいだの、こっちの方はさっぱりしているだの、色々語りながらバクバク食べ始めます。
彼は若い頃に先輩に寿司屋に連れて行ってもらい、ウニの美味しさに感動したあまり、ウニを求めて食べ歩き、知らないうちに食全体に拘るようになってしまったという人物です。
その食全体に通じたK君は「オラが焼くわぁ」と言って自らが焼きを担当し始めます。 塩を片手に全集中! 目と耳をフル稼働させて最高の焼き具合を追求し始めます。
そしてK君が焼いた最高の猪肉がどんどん私の皿に放り込まれ、味の違いを確かめるように促されます。
確かにうまい! 塩を少しまぶしただけのその肉は、程よく滴る油と、皮のパリっとした触感と、少し焦げた独特な香りが程よく口の中でコラボします。
更に肉には弾力があって、嚙むたびに上品な油が程よい塩分と結合し、何とも言えない味わいで口の中一杯に広がっていきます。
あぁ、幸せ。 至福の味わいです。 おのみ家で食べた愛媛の猪肉とまったく遜色がありません。
が、残念ながら私には味の違いが分かりません。4つに分けた島は全て味が違うそうで、店の主とK君はその微妙な味の違いを互いに言葉で表現し、確認し合いながら意気投合しています。
解説によると、4つの島は、オスとメス、大人と子供(体重80kgと40kg)で分類しているようで、彼らの結論によると子供のメスが一番うまいそうです(と言っていたと思います)。
まったく食通とは程遠い私は、彼らの言うことを「そうなのか」と思って聞くしかないのですが、それと同時に冒頭のアメリカンジョークのことを思い浮かべていました。
この二人があの場にいたら何が起こっていたでしょう? 足取り軽く厨房に戻ったあの日のウエイター。 ご自慢のジョークが不発に終わり、タジタジになって逃げるように厨房に戻っています。 私の脳の中の映像の話です。
それはそれとして、インバウンド客が多い祖谷。 カフェはないのか? レストランがないのか? よく聞かれます。
こんな美味しい肉が食べられるおしゃれなレストランがあったら最高だろうな!といつも思っています。 どなたかトライしてくれる人はいないものでしょうかねぇ。
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